神秘的な阿波史跡公園

神秘的な阿波史跡公園

徳島県は古くは阿波国と呼ばれていたことは多くの方ご存知のとおり。

その歴史は意外と古く、特にこの阿波史跡公園のある徳島市国府地区は現在の市街地からはかなり離れているエリアなのですが、土を掘り返せば何かしらの遺跡が出てくるほど古い街なのです。

確かに通りが細い昔ながらの町並みに阿波国分寺(第十五番札所)をはじめ四国八十八箇所霊場に属する寺院も複数固まっている地域ですし、主要道路の建設も遺跡に当たったからと工事が中断して長く止まっている様子が見えます。

そのような土地にあるこの阿波史跡公園、何の因果か摩訶不思議な体験をしている人も多いとのことです。

竪穴式住居と高床式倉庫

ここ阿波史跡公園は古墳をはじめ実際に移籍がある場所なのですが、駐車場から歩いてすぐの場所に竪穴式住居や高床式倉庫が復元されています。

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しかし、私が訪れた時は駐車場には車は1台のみ、車内に人がいる状況で公園で遊んでいる人はどうやらいないようでした。

駐車場から古代生活ゾーンに足を踏み入れ、竪穴式住居の横を通ると、中から女性の歌うような声が聞こえてきます。

虫の鳴き声かと思いましたが、どうもそうではない様子。

更に高床式倉庫の方へ向かうと、大きな虫がまとわりついてきます。

大泉神社を目指して

大泉神社はコチラという立て看板があり、その先は階段になっています。

折角なので登ることとしました。

先程の大きな虫がまだついてきます。まるで、そちらに向かうことを阻止するかのように。

階段は思ったよりも急で歩きにくく、また周りには人の気配が一切しません。

まだ日の高い夏の午後、歩みを進めるたびに汗が噴き出して来ます。

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何分登ったでしょう、漸く開けたアスレチック広場に辿り着きました。

しかし、神社はもっと先の模様。。。

アスレチック広場の先はアスファルト舗装された道なので歩きやすくなっていました。

その舗装路を進むと、大泉神社の立て看板を発見!

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大泉神社の正体

中に進もうと思うも、こんな物騒な看板がありました。

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少しビビリながら進むとそこはまるで獣道。

しかし、どこが神社なのかわかりません。

ぬかるむ足元と異様な空気、そして視界に飛び込んできた大きな檻に背筋が寒くなり、退散。。。

結局神社なんかないではないか、無駄足だった、と残念な気持ちで来た道を戻りました。

視界が開けてたところから景色を眺めると、ホントよく登って来たなぁと感じました。

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急な階段を下りても、今度はまとわりつく虫もいなければ、竪穴式住居からの異様な声も聞こえてきません。

ただ、どことなく居心地が悪く、車のアクセルをめいいっぱい蹴って国府の町から遠ざかったのでした。

後にインターネットで確認すると、大泉神社にはしっかりと足を踏み入れていたことが分かりました。

ぬかるんだ足元にあった泉、それこそが大泉神社の正体(御神体)だったのです。

御神体を足蹴にしていなかったのが幸いでした。。。

卑弥呼を祭る神社!?

ちなみに、本来目指していたのは地図上で史跡公園のさらに奥にある八倉比売神社だったことを後日思い出しました。

ここは卑弥呼の墓という言い伝えのある磐座が有ります。

これをぜひ見てみたいものだという思いで向かったのですが、大泉神社の看板を見て勝手にそこを目指していた八倉比売神社だと勘違いしてしまったのです。

もしこれが卑弥呼の墓だったら、邪馬台国は畿内でも九州でもなく四国にあった、面白い話だなぁと思います。

況してや四国と畿内の間には淡路島が有ります。日本神話に於いて、神様が最初に作った島と謳われており、これと照らし合わせても成程と素人合点してしまう古代ロマンがここにはあるのです。

改めて再訪しないと、と思ったのでした。

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